2011年07月21日

会社を辞めるということ

 去る7月15日。終戦記念日の一月前、わたしはリーダーに辞意を伝えました。

 福島第一原子力発電所の事故は未だ収束の目処を見せず、四号炉建屋の崩壊の危機も本当にスレスレ状態で奇跡的に留まっているだけという話で。ニュースでは『東電が第一フェーズの目処ついたと言ってる』なんて報じてるそうですが、崩壊直前の建屋についてまるで情報が入らない時点で信用ゼロです。海外メディアが暴いた話だとライブカメラ映像は偽装だそうですし。
 まぁそんな状況で、現状でも毎時10億ベクレルの放射能が漏れ、風に乗って蔓延しています。東京・横浜も日によってかなり流れてくる場所だそうで、今日はどうやらその日らしいです。流れてきたときに雨が降れば、その地域はより強く汚染されます。あ、今外は台風の影響で雨天です。
 これが何かの拍子にバランスが崩れて、炉で爆発が起きたり四号建屋が崩壊したりすると、その瞬間にばら撒かれる放射能は爆発的に増えます。場合によっては以後の経常的な放出量も増えます。チェルノブイリ当時のキエフを既に超えたと言われる汚染具合がさらに悪化したら、理論上は本気で人の住めない土地に様変わりするはずなのですが、仮にそうなったとしても政府に避難勧告などの対処を求めるのは楽観が過ぎます。
 そんな危機を抱いていて延々とストレス感じてたのですが、周りの空気が緩すぎる。楽観or諦観。会社もそう、通行人もそう、家族や身内でさえ。

 そもそも自然の無いこの街はあまり好きではなく、それでも事故前は『たまに出かけられればそれで良い』と思っていましたが、最近はもうイヤでいやでたまらなかった。
 どうにかして去りたかった。今すぐにでも去りたかった。でも生活の目処が立たないでは動き辛い。
 先々週、その目処というか道筋がようやく見えて、それでボーナスの支給を待って辞意を伝えたのです。長かった……

 辞意を伝えたとたん、常時すぐれない体調が、ヴェール一枚はがれて全体的に少し改善したような気がします。こう、延々と取り巻いていた抑圧が、すっとなくなって晴れた気分と言いますか。
 それが火曜にはきつめの頭痛になってるんだから長続きしません。なんでやねん。

 辞意を伝えてから、何度か上司と面談があり、引止めの話もあります、というか既に少しありました。しかし今居る会社は勤務地が関東とベトナムしかなく、わたしは英語が出来ないのでベトナムはちょっと……と、わたしの希望を満たすのが不可能なので、きっぱりとお断りして縁を切りたいところです。
 今日は今から第二回目の上司面談です。さて……
posted by きさらぎ at 13:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記